思い出
運動会での思い出の横断幕
横断幕の思い出といえば、運動会での思い出があります。高校の頃、みんなで作ったように思います。確かクラスごとの横断幕を作って対抗の運動会だったので、これがあるかないかでかなり応援への熱の入り方もかわってくると思います。これって遠くから見て目立つかどうかも関係してくると思うので、本当に魅力的ではないかと思います。これからの時代には必要なことかもしれません。こういった自分たちで作ればそれだけ愛着も出てくると思うので、こういうのはこれからもどんどんやっていきたいところですね。十分に期待できるのではないかと思っています。
さて、そんな横断幕ですが、業者に作ってもらうというのも一つの方法だと思います。そういう時には、思い出に残るようなデザインをいかに上手に依頼するかです。このデザインによってその度合いが変わってくると思うので、できるだけ多くの人の意見をきくのが良いのではないかと思います。これからの時代にはこういったこともさらに色々と調べてみたいですね。
頑張って横断幕を作っていけば応援にも熱が入ってくるのではないかと思います。これに勇気付けられることもあると思うので、ぜひとも自分たちの思い出にしていきたいですね。
以上、横断幕の思い出について語りましたが、これからの時代にも色々とこういったものを思い出に残していこうと思います。
オリンピック横断幕
横断幕というと、オリンピックを思い出します。外国でオリンピックをやっているとき、男子柔道の決勝には、必ず、日本語の応援がありますよね。あれを見ると、うれしくなりますよ。私、格闘技が大好きで、柔道は大好きです。その柔道の決勝戦で、日本人の応援団がそばで声援をしていると思うとこちらもうれしくなりますよ。
オリンピックの男子柔道は、どの階級でもいいから、一つでも、金メダルを多く取ってもらいたいです。柔道は、国技ですからね。海外にもかかわらず、鉢巻をした日本人が日本語の横断幕を出して、声援しているのを見ると、テレビで応援している私も、力が入りますよ。
柔道は、日本の国技が、オリンピックに採用された種目です。本来日本人が優勝して当たり前って、感じなんですが、やはり、体格、筋力に勝る外人は、強いですね。しかし、国技である以上、日本人に優勝してもらいたいですよ。その為には、現地での応援も重要です。現地で日本語の応援を聞いたり、横断幕で日本語の応援を見れば、選手も、力が入るはずです。その結果日本人が優勝すれば、柔道ファンの私も、すごくうれしいです。
昔、どこの国だったかは忘れたのですが、古賀選手が優勝したとき、日本語の横断幕で、「必勝、古賀」というのがテレビに映っていたんです。その横断幕の前で、古賀選手が、得意の一本背負いを決めたときの感激は、今でも、忘れませんね。私、体が熱くなるのを感じましたよ。
横断幕の懐かしい思い出
横断幕に関するとても懐かしい思い出があります。1993年Jリーグ開幕の時、とりあえずJリーグの応援に行こうとユニフォームだけ買い、これでスタジアム観戦の準備OK!だと思っていました。
ユニフォームだけが応援グッズの状態でスタジアムに行こうとすると友人が横断幕どうする?と言うのです。どうするって、企業でもないのに横断幕?
「横断幕あるの?」と聞くと「今から作るんだよ!」と笑って言うので付き合うことにしました。まず、手芸店で90センチ幅の白い布を3メートル購入しほつれない様に私は、ミシンで端を縫いました。
一応、横断幕のつもりなので文字が必要と言うことで好きな選手の名前を書こうとしたとき気がつきました。私達二人、違う選手が好きだったんだってこと。
3メートルの生地に二人の選手の名前を書くのもなんだかちょっと変だからということで選手の名前では無い他の文字を書くことにしたのですが今度は、何を書いていいのか分からずチーム名だけマジックで書いたのです。ショボイ横断幕の出来上がりでした。
それが私達が所有した一番最初の横断幕でした。それから数年たって私たちが、パソコンを所有してからは横断幕を作ってくれるサイトを見つけたのでお願いしています。
大きさもさまざま。金額もさまざまですが私達にも手が届く金額なので一年も使っていると色もハゲハゲになってくるので一年に一度は、横断幕を買い足しています。買い足すというのは、横断幕の場合、古いのは古いので何とも言えない年季が入っていて思い出深いものだと思っています。まるで勲章のようにも思うので大事にしています。
ヒラリー・クリントンの横断幕
横断幕の思い出というと、長男がアメリカの大学を卒業した時、アチコチで横断幕をみました。兎に角、外の広い会場での卒業式なので、それぞれのコーナーなどに高く掲げられていて案内の役目をしていました。
アメリカの大学は始業式というものが無いですが、卒業式はとても賑やかに家族から、親戚まで呼び寄せて大きな盛り上がりになります。卒業証書を授与する時には、家族や友人親戚が遠くから声援を送ります。小さな横断幕を持って歓声を上げている人もいました。
あの日はとっても天気も良く、アチコチに貼られた横断幕も其の役目を大いに発揮して、雰囲気を盛り上げていました。今でも、あの青空が目に沁みるほどの晴天に揺れていた横断幕が目に浮かびます。
飲み物コーナーから、大学のグッズの売り場には人が右往左往するほど、混みあっていたこと、並んで飲み物や一寸した食べ物を買わなくてはならなかったり大変でした。横断幕がしっかりと案内の役目をしてくれたので、洗面所にしても、迷うこともなくて助かりました。
アメリカの大学は有名なゲストがスピーチに招待されますが、其の時はヒラリー・クリントンでした。彼女の名前の入った横断幕もありました。あの頃は将来の大統領の可能性が高いという事でかなり注目されていました。
空手道部の横断幕
横断幕というと、学生時代を思い出します。私、子供のころから、空手をやっていました。その為、高校大学と、空手道部に所属していました。インターハイにもでましたし、大学個人選手権にも出ていました。当時は、まだ、大学の空手道部は、封建的な雰囲気がありましたね。
練習の時には、大学名の入った横断幕を練習場に貼り付けて練習するのです。これを貼り付けるのは、一回生の仕事です。ところが、これを貼り付けるのが、思った以上に大変なんですよ。何しろでかいので、時間がかかりました。もし、練習中に外れたりしたら、殴られたりするんですよ。
だから、横断幕と聞くと、今でも、当時のことを思い出して、あまりいい感情が起こりません。実際に、私が取り付けた横断幕が、はずれて、殴られたことがありますからね。当時体育館は、冷房が効いていませんでした。その為、窓を全開にして練習するのですが、たまに突風が体育館に入ったりするのです。その為、ごくまれに、外れたりするんですよ。
毎回練習のたびに横断幕を練習場に貼るので、半年に一回ぐらいは洗濯していました。これももちろん、一回生の仕事なんですよ。部室の横に洗濯機があるので、それで洗います。でかいので、なかなか洗濯機が回らないので、ずーと見張っていて、回らなくなると、手で押して回るようにしないといけなかったですね。それが終わると、それをグランドに持っていて、金網の柵にかけて干すんです。今となっては、楽しい思い出ですが、当時は、もし何かあったら、殴られると言う恐怖を持ちながらやっていましたね。
横断幕は派手で目立つ宣伝
横断幕と言えば、よくバレーボールやバスケットボールやボクシングや相撲等のスポーツの試合や部活動の応援旗として使用したり、店名や告知を表示してPRしたりする際に使用される幕のことですね。派手で目立つ宣伝を、短い試用期間で行う場合などに最適ですね。観客席や応援席で広げ、応援の盛り上げに一役買う便利なものですね。看板代わりに使用する企業や店舗も増えていて、通常の宣伝に加えて、期間限定の告知やキャンペーンなどの告知、特別なイベントのPRなどにもよく使われますね。そんな横断幕の思い出について忘れられない思い出が1つあります。
大学2年生になった間もない頃の話です。当時の私はクラブに入っていたのですが、勉強をせずに遊んでばかりでした。クラブの仲間と麻雀をしたり、パチンコなどをして一日をつぶす毎日が続いていました。学園祭が近づいたある日、クラブで参加する催しについて協議したところ、ミニコンサートをすることになり、その集客係になりました。どうしたらお客さんがいっぱい来るのかを考えたのですが、サークル仲間からステージに横断幕を張って目立たせれば良いと言われました。
そこで、横断幕を作成しているお店に行きました。そこには色々なものがあって、どれにしようかと迷いました。でも、大学の学園祭のミニコンサートに相応しいものがなかなか見つけられませんでした。そこで、新しく製作してもらうことにしました。お客さんをいっぱい呼ぶためにはどうしたらいいかを店員さんに聞いたところ、自慢のバンドをアピールするのがいいと教えて貰いました。それで、予算がそれほどなかったのですが、何とか無理を言って、「今話題の人気ボーカリスト」と書かれ横断幕を作ってもらいました。その学園祭は、そのお陰で上手くいき、クラブの仲間と一緒に喜び合いました。
それから、大学では勉強やクラブ活動を頑張りました。大学の学園祭でも、色んな催しものをしました。そのような大学生の頃の思いでの中で、最も印象に残っているのが、学園祭で行ったミニコンサートで頑張ったことと、「今話題の人気ボーカリスト」と書かれ横断幕を作っことです。今はその当時からかなり経ちましたが、横断幕の思い出というと、その頃の記憶が蘇ってきます。
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